大阪府羽曳野市の大阪矯正歯科相談室は成人の目立たない矯正と子供の歯列矯正の矯正専門医院です

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大阪矯正歯科相談室 0120-47-2211

当クリニックは立地が入りくんでいるため、羽曳野市、藤井寺市、富田林市、柏原市の中央に位置しており、大阪府下から広く患者さんが来院されています。

羽曳野市

「白鳥陵古墳」の紹介

ヤマトタケルは、第12代景行天皇の皇子。武勇でその名を知られています。大和朝廷全国統一のために命令を受け西方と東方に遠征、勝利を収めたが帰途に伊勢の能褒野で没しました。

ヤマトタケルは白鳥に姿を変え、大和に向かって飛び立ち、琴弾原(奈良県御所市付近)に降り立った後に再び飛び立ち、河内の旧市邑(羽曳野市古市付近)に舞い降りました。

この3か所にはそれぞれ墓が作られ、合わせて白鳥三陵と言います。本市軽里は、以前は軽墓と言う地名でした。 ヤマトタケル仮の墓がなまってカルハカになったと言う言い伝えが残っており、また、古市の白鳥神社の縁起には、「さらに白鳥は舞い上がり埴生の丘を羽を曳くがごとく飛び立った」と記されており、ここから「羽曳野」の地名がつけられたといわれています。

羽曳野市の沿革

羽曳野市周辺に人が住居しはじめたのは、今から約2万年前の石器時代でした。

古代には歴代の皇族や、有力氏族の活躍の舞台となり、数多くの陵墓や寺院が造られ、これが現在の羽曳野市の礎になりました。

11世紀には源頼信が河内の国司に任ぜられ、以後、頼義・義家までの3代が、河内源氏として坪井の里を本拠としていました。

南北朝以降は、いくたびも戦場となりましたが、戦国末期になる織田信長や豊臣秀吉の支配がおよび、安定の時代に向かいます。

豊臣氏の滅亡後は、江戸幕府や、小藩、旗本の領地となり、分割支配の政策がとられた一方で、河川の改修工事や新田開発も行われ、綿花や菜種(なたね)の栽培が盛んになりました。

江戸中期以降、古市に代官所が設けられ、竹内街道と東高野街道が交わる宿場町、西琳寺の縁日にちなむ市場町として発展、両替商「銀屋」や、河内木綿などを運んだ剣先船の船着き場が設けられるなど、南河内の繁盛ぶりを示していました。

明治に入ると各村落の統合が進められ、22年(1889)には、高鷲、丹比、埴生、古市、西浦、駒ヶ谷の6村にまとめられました。

大正5年(1916)、人口が増加した古市村は町制を施行しました。

12年(1923)の天王寺ー道明寺間が複線化されると、大阪市内との結びつきがいっそう強まり近郊住宅地としても発展しました。

昭和に入り、30年(1955)には、高鷲村も町制を施行。翌31年(1956)9月、2町4村が合併して南大阪町が誕生しました。

34年(1959)1月15日には市制を施行。名称を羽曳野市と改め、現在の市のすがたができ上がりました。この年、35、000人余りであった人口は平成21年(2009)1月現在、約120、000人となっています。

羽曳野市の特産品

河内ぶどう(デラウェア種)

羽曳野市の駒ヶ谷地区では、主にデラウエア種のぶどうが栽培され、全国4位の出荷量を誇っています。またそのぶどうを使用したワイン作りも古くから行われてきました。

イチジク

古市地区を中心に栽培されるイチジクは関西では随一の生産量を誇ります。またちょっと珍しいイチジクを使ったジャムも上品な甘さで人気の商品です。

藤井寺市

藤井寺市は全国の市の中で6番目に面積が小さく、大阪市から南東へおよそ15kmで同市のベットタウン。大小の古墳が密集する古市古墳群や西国三十三箇所第5番礼所の葛井寺の門前町として知られる。かつてはプロ野球大阪近鉄バッファローズの本拠地・藤井寺球場があったことでも知られている。

藤井寺市の地理

大阪平野の南東部、大和川と石川の合流点にあり、市域はほぼ平坦で古代には河内国府が置かれ、堺と奈良を結ぶ長尾街道(古代の大津道)と竹内街道、高野山へ通じる東高野街道が通じていた。

現在は、南大阪線が東西に、国道170号が南北に市域を貫き、西名阪自動車道が通るなど交通が発達した。市の西側の藤井寺駅を中心とした地域と、東側の土師ノ里駅、道明寺駅を中心とした地域に市街地が発達しています。

藤井寺市の名所・旧跡

名所・旧跡

  • はさみ山遺跡
  • 古市古墳群

・市ノ山古墳(允恭天皇陵)
・岡ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵)
・ボケ山古墳(仁賢天皇)
・仲ツ山古墳(仲津姫命仲津山陵)
・津堂城山古墳
・古室山古墳
・その他(鉢塚古墳、大鳥塚古墳、鍋塚古墳、助太山古墳、三ツ塚古墳、赤面山古墳、蕃所山古墳、はざみ山古墳、野中古墳、青山古墳、 割塚古墳など)

  • 国府遺跡
  • 葛井寺
  • 小山善光寺
  • 道明寺
  • 道明寺天満宮
  • 辛国神社

文化財

  • 乾漆・十一面千手観音座像(国宝・葛井寺蔵)
  • 木造・十一面観音立像(国宝・道明寺蔵)
  • 木造・十一面観音立像(重要文化財・道明寺蔵)
  • 木造・正徳太子立像(重要文化財・道明寺蔵)

藤井寺市の歴史

市名は、市内にある「葛井寺」(ふじいでら)にゆらいします。葛井寺は百済王族の子孫である渡来人系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)の氏寺として、8世紀中頃に創建されたと推定されています。

市章は、前方後円墳と縄文時代の耳飾りをモチーフにしています。

市内には国府(こう)の地名が残り、ここに古代の河内国府が置かれたとされています。

大正末期から昭和初期にかけて、大阪鉄道が藤井寺駅付近に住宅や教材園、野球場などを建設し、田園都市として発展した。

富田林市

富田林市は、大阪府南河内内地域に位置する市で古くは、紀伊国(和歌山県)へ続く街道の宿場町として栄え、戦国末期より、京都興正寺別院を中心とする寺内町として発展しました。南河内地域の中心都市とされています。その他の新市街地は、主に近鉄と南海によって開発された、典型的なベットタウンとなっています。

「富田林寺内町」は室町時代の街並みがよく保存されており、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

富田林市の名所・旧跡

名所・旧跡

  • 富田林寺内町ー興正寺別院の寺内町。重要伝統的建造物群保存地区。

寺内町の旧杉山家住宅は重要文化財に指定されている。

  • 錦織神社(本殿は重要文化財)
  • 滝谷不動王子(日本三大不動の一つ、毎月28日が縁日)
  • 龍泉寺(仁王門が国の重要文化財、庭園が名勝に指定)
  • 美具久留御魂神社(大国主命を主祭神とする)
  • 楠庵観音寺(楠木家菩提寺であり、紅葉の名所
  • 目白不動願昭寺(信者手作りの寺であり、梅の名所)
  • 新堂廃寺跡・オガンジ池瓦窯跡・お亀石古墳(7世紀前半の遺跡)

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